年別頂上対決(後編)

 平成大相撲を振り返る中で、年ごとの頂上対決を選んだ。基準は以下の4つ。場所のクライマックスで、その年最も重要な対戦で、覇権争いを左右した一番を選んだ。

【頂上度】頂上対決の名にふさわしい状況。決定戦や相星決戦なら最高。

【両雄度】その一番に登場する力士がその年の頂上対決に相応しいか。

【象徴度】その年や時代を象徴する一番だったか。

【熱戦度】相撲内容は白熱するものだったか。

 選ばれるのは必ずしも誰もが知る名勝負とは限らない。選考理由と合わせて読んでいただければ、平成の一年一年が蘇るだろう。



平成16年

 朝青龍が5回の優勝を記録し黄金時代を迎えた。優勝争いが最も縺れたのは、夏。相手は平幕の北勝力だが、5日目に35連勝をストップさせられた相手。後半戦1差で追う展開が続き、千秋楽追いついて決定戦。雪辱を果たして初の3連覇を達成した。

 1差で千秋楽を迎えたのが春、名古屋。春は4人が11戦全勝、そこから潰し合って全勝朝青龍と1敗千代大海の直接対決、これを制し連続全勝V。名古屋は終盤連敗し、千秋楽1差の魁皇に敗れれば4人で決定戦だったが、本割で決めた。

 上記3戦、どれも決め手に欠ける。この年の優勝者同士なら魁皇戦だが、2敗と3敗の1差対決。同じ1差でも成績は申し分ない千代大海もほかの場所ではやや衰えを見せた。北勝力は翌場所3勝に終わっており、一発屋。ここは最もハイレベルだった春の全勝ー1敗対決としておく。14日目に当たっていれば全勝対決だった。

 目立ったのは朝青龍の吊り落とし。初場所8日目、優勝争いのライバルだった琴光喜を土俵中央で切り返し気味に持ち上げた一番は衝撃的。その後も度々狙った。全勝対決となった春の千代大海ー朝赤龍の熱戦も印象深い。最も盛り上がったのは、九州場所で綱取り魁皇が千秋楽朝青龍を寄り切った一番。昇進が決まったかのような騒ぎだったが、見送られた。

平成17年

 朝青龍が年6場所下唯一の完全制覇を成し遂げた。独走続きだったが、最もよく対抗したのは関脇琴欧洲。名古屋は直接対決で勝って千秋楽まで争い、秋には2差をつけて13日目に対戦。朝青龍が変則的な首捻りで逆転勝ち、決定戦に縺れ込み、朝青龍が圧倒して大逆転で大鵬以来の6連覇を達成した。唯一決定戦にまで縺れたこの秋場所がカード的にも記録的にも頂上対決としてふさわしい。

 ちなみに、記録でいえば、九州場所14日目に朝青龍が魁皇を破った一番。年間完全制覇ととも史上初の7連覇、さらに年間最多勝記録の更新と3つの新記録を達成した。

 これだけ強いと1つ負ければ大番狂わせ。栃東が取り直しの末に27連勝でストップさせた一番、琴欧洲が上手投げで頭からひっくり返した一番には興奮させられた。

平成18年

 春場所、朝青龍と関脇白鵬による初のモンゴル勢同士の決定戦。11日目には全勝同士で顔が合い、白鵬が勝っていたが、熱戦の末に横綱の下手投げが決まった。翌場所は新大関白鵬が関脇雅山との10日に渡る並走の末、またも決定戦。突き押しの相手を組み止めた白鵬が初優勝を飾った。

 その後は朝青龍が悠々3場所連続優勝。唯一ハイレベルな勝負は、名古屋場所。最短大関2場所突破を狙う白鵬が、無傷で優勝を決めた朝青龍の全勝に待ったをかけて13勝。しかし昇進は見送りとなった。

 頂上対決は、やはり朝青龍と白鵬の決定戦となろう。千秋楽本割は、白鵬が大関残留のかかる魁皇に、朝青龍が綱取り継続がかかる栃東に、それぞれまさかの完敗し、決定戦へ。当時ちょうど観戦しており、場内大盛り上がりだったが、その点が頂上決戦としては若干ケチがつく。頂上対決までいかないが、同時期に昇進を狙って活躍した白鵬ー雅山戦は決定戦意外もなかなか拮抗していた。

 名古屋場所、千代大海が露鵬を押し出したが、両者土俵下で睨み合い。審判部呼び出しで注意を受けた後、露鵬はカメラマンに暴行し異例の3日間出場停止。悪びれず勝ち越した。初場所栃東が朝青龍を出し投げで下して優勝したが、これを最後に日本勢は10年も賜杯に見放されたので、長らく記憶に残ることとなった。

平成19年

 白鵬が昇進してついに朝青龍の一人横綱時代が終わり、サッカー事件で後半2場所出場停止。朝青龍2回、白鵬4回の優勝。

 春場所は2年連続「青白」の同点決勝。内容は打って変わって、楽日本割を変化で勝って決定戦進出の朝青龍に、白鵬が変化で勝つ拍子抜け。決定戦はこれ以外になく、九州では14日目、白鵬と、久しぶりの好機に燃える千代大海が2敗で相星対決。名古屋では11日目に関脇琴光喜が新横綱白鵬との全勝対決を見事な相撲で制したが、翌日朝青龍との1差対決に敗れ、並走の末優勝を逃した。そうなると、期待を裏切った決定戦がカード的にも状況的にも最も相応しいことになる。ただ、同じカードなら夏場所千秋楽。優勝と横綱昇進は手中にしていたが、王者朝青龍をねじ伏せて全勝を記録、文句なしの昇進をはたした1番の方が見応えがあり、新たな時代を象徴している。

 春)頂上4両雄5象徴3熱戦1

 夏)頂上2両雄5象徴5熱戦4

  それ以外では、新入幕で優勝を争った豪栄道を白鵬が強引なとったりで沈めた取組など、君臨するがまだ完全でない青年横綱の1年目をよく表していた。夏場所、この年関脇で8連勝するなど刮目させた業師安美錦が、朝青龍を寄り倒すと、横綱は花道の座布団を蹴り上げる狼藉ぶり。新王者の台頭への焦燥が垣間見えた。

平成20年

 初場所、出場停止明けの朝青龍の動向に注目が集まった。解離性障害なる病名もついたりして心身の状態が懸念されたが、何の。1敗同士で白鵬との相星決戦となった。これが力のこもった好勝負となり、右四つがっぷり、引きつけ合い、最後は朝青龍が強引な吊り身で浮いたところを白鵬の上手投げが決まった。

 翌場所もまた相星決戦となり、今度は朝青龍が出鼻を小手投げ一閃、4連覇を阻止。その後朝青龍が不調に陥り青白時代の看板は剥がれかけるが、連続の2横綱相星決戦は2強時代を象徴するに十分だ。結果、内容、サプライズ感からして初場所の一番が白眉。

  ちなみに、夏場所も優勝は琴欧洲に譲ったものの相星で千秋楽対決となったが、初の消化試合らしく凡戦、しかも駄目押し気味になって土俵上で睨み合う前代未聞の横綱対決に。

 琴欧洲が両横綱を連破して欧州勢初優勝に前進した2番は、勢いに乗ればこんなに圧勝するのかと感心したが、琴光喜が朝青龍戦28連敗でストップした一番は、なかなか攻め切れずにようやくという勝ちっぷりで、染み付いた苦手意識が見て取れた。ベテラン栃乃洋の4年ぶり12個目の金星も不調の朝青龍からとは言え、痛快だった。

平成21年

 白鵬が本格化、年間86勝4敗の圧倒的な新記録をマークしたが、優勝決定戦では朝青龍に2敗、日馬富士にも敗れて優勝は3回に留まった。

 2横綱は年間皆勤し、全て千秋楽結びで対戦。白鵬の6戦6勝だったが、優勝回数の上では辛うじて2強時代を維持。初場所に続いて秋場所も14勝同士の決定戦となり、勝ったのは、またも予想を覆し朝青龍。流れるような攻めから渾身の掬い投げを決めた。勝ち名乗り後のガッツポーズには目をつぶるとして、両横綱が熱戦を演じたこの一番を頂上対決とする。勝者の方がこの年の最強でなかった点を除いては、完璧な頂上対決だ。

 3つ巴の闘いとなった夏の優勝争いも熱く、12戦全勝対決を裾払いの妙技で白鵬が日馬富士を退けたかと思いきや、翌日日馬富士が朝青龍を外掛けで派手に刈り倒して相星とし、逆転優勝に繋げた。優勝争い、上位対決では近年珍しい足技が、二番とも鮮やかに決まった。

 朝青龍が日馬富士に平成初の櫓投げを決めた一番も出色だった。

平成22年

 白鵬が63連勝を記録。これを稀勢の里がストップさせた九州場所2日目が最も注目すべき一番ということになるが、頂上対決という観点で言えば、やはり優勝争いから。

 ならば春場所の把瑠都戦。11日目ながら全勝対決、前の場所は土をつけられた関脇に格の違いを見せつけ、そのまま全勝で逃げ切った。14勝の把瑠都は大関へ。折しも1横綱となったばかり、白把時代と期待された。昇進後は停滞したが、独走の横綱に最も迫ったのはこの一番だった。

 それ以外で優勝争いがあったのは九州場所くらい。13日目は38歳となった魁皇が1敗同士で挑み、決定戦には直接対決のないまま再入幕豊ノ島が登場したが、白鵬は揺るがず。

 初場所、11年ぶりに関脇に陥落するも一縷の望みに賭けて出てきた千代大海だが、魁皇に敗れて3連敗。師匠千代の富士の幕内807勝の更新を阻止できず、のち大関在位場所数タイとなる盟友との一番を最後に引退した。

 朝青龍もこの場所の優勝を最後に引退したが、11日目巨漢把瑠都に宙を舞わせた異形の下手投げは圧巻だった。

 九州では、把瑠都が阿覧に後ろに着かれた状態から捨て身の波離間投げを決めた。

 「裏相撲史」に残る、悪い意味で有名な一番は、春日錦ー清瀬海戦。翌年発覚した八百長メール問題で、事前のやり取りが明らかになり、NHKなどでも繰り返し放送された。

 平成23年

 候補が少なく選考に困窮。名古屋場所14日目、全勝日馬富士と1敗白鵬が激突。日馬富士が全勝を守って優勝を決定、史上初8連覇の野望を打ち砕いた一番とした。これに続くのが、秋場所13日目に琴奨菊が白鵬を破って2敗に並んだ一番。結果、並走の末に琴奨菊が力尽きたので、頂上対決の価値は薄れた。その他、決定戦も相星決戦も千秋楽決戦もなし。白鵬が直接対決のない、もしくは対戦の終わった相手から逃げ切る展開が続き、九州は13日目に決めてしまった。

 その代わり3関脇による大関取りレースが激しく、潰し合いも見られた。優勢だった琴奨菊がいち早く昇進、1場所遅れで千秋楽を待たずに昇進が決定した稀勢の里を圧倒した一番などは意地が感じられた。

 名古屋、初日から3連敗の魁皇が、4日目千代の富士に並ぶ通算1047勝、翌日旭天鵬にも勝って新記録を樹立。しかし限界を悟って10日目に引退。

 秋には、小兵磋牙司が長身栃乃若に本格的な一本背負いを決めた。

平成24年


    この年は文句なしで名古屋場所、白鵬と大関日馬富士による千秋楽の全勝決戦だ。平成で唯一、29年ぶりとなる14戦全勝同士の対決を制した大関は、翌場所も全勝と1敗での千秋楽対決を制して連続全勝で綱取りを果たした。日馬富士の名古屋の番付は、6大関中4番手。本来なら12日目に対戦が組まれるはずだが、後続を大きく引き離していたため、対戦順を入れ替えた。審判部の演出が奏功し、横綱同士以外では初の楽日全勝相星決戦となった。

    秋の決戦もめったに見られないハイレベルな対決。春の白鵬と関脇鶴竜の決定戦も、他力逆転劇ながら目まぐるしく攻守が入れ替わる熱戦だった。

    だが衝撃度では、史上初の平幕同士、旭天鵬が栃煌山を叩き込んで37歳で初優勝を果たした決定戦だ。


    春、勝てば優勝の鶴竜に気迫の張り手から電車道に運んだ豪栄道の速攻は鮮烈。初場所初優勝を果たした把瑠都が、九州では小兵松鳳山の攻めに膝を痛めて連続途中休場、呆気なく大関陥落となったのは意外だった。審判団が誤審を認めた日馬富士ー豪栄道戦は、蛇の目を掃いたと勘違いして相撲を止めてしまい、異例の立ち合いからやり直しとなった。