連覇

全ての力士の目標、幕内最高優勝。

2場所連続で記録することが横綱昇進の条件とさせるが、そう簡単なことではない。

記録した力士はごくわずか。3連覇となると一時代を築いたとも言える大記録である。

4連覇を為せば大横綱の証。

雲の上へ突き抜けるような連覇の記録に白鵬が挑んだ平成23年、偉業の数々を振り返る。

(平成29年追記)

連覇記録(上位)

  連覇数/場所 勝星

ストッパー/

その場所の成績

意義
白鵬

7

平22.3~平23.5

15,15,15,15,

14,14,13

大関日富士/11-4

63連勝

場所中止を挟む

朝青

6

平16.11~平17.11

13,15,14,15,

13,13,14

大関栃東/11-4

初の7連覇

年間完全制覇

大鵬

6

昭37.7~昭38.5

14,13,13,14,

14,15

大関北葉山/12-3 昭和の金字塔 独走態勢築く
大鵬

6

昭41.3~昭42.1

13,14,14,13,

15,15

大関北冨士/13-2 第二の黄金時代
白鵬

平26.5〜平27.3

14,13,14,14

15,14

関脇照富士/11-4

第二の黄金時代

優勝回数1位に

北湖

5

昭53.1~昭53.9

15,13,14,15,

14

横綱若乃花/11-4 年間最多82勝
千富

5

昭61.5~昭62.1

13,14,14,13,

12

大関北勝海/11-4

最強時代

両国7連覇

大鵬

昭36.7~昭37.1

13,12,13,13 大関佐田山/13-2 柏鵬時代抜け出す
千富

昭63.5~昭63.11

14,15,15,14 横綱北勝海/11-4 53連勝
貴花

平8.3~平8.9

14,14,13,15 大関武蔵丸/全休

平成の大横綱

全盛期

朝青

平16.1~平16.7

15,15,13,13 大関魁皇/9-6

モンゴル時代

幕開け

白鵬

平25.3〜平25.9

15,15,13,14 横綱日富士/13-2 43連勝含む
双葉 5 昭11~13
4 昭17~18
11,11,13,13,13(全勝)
14,13,15,15
9-4
11-4
69連勝時代と軍神時代
羽黒

昭20~22

10,13(全勝),

9(-1),10(-1)

全休 戦後混乱の3年間に達成

※双葉山、羽黒山は年6場所、15日制定着以前のため参考として最下部に記載。

 15日制、年6場所になり、連覇記録は出やすくなった。その時代の寵児である大鵬が記録を独占。後続の大横綱も敵わなかったが、モンゴルの2横綱がついにその壁を破った。時代を遡れば、年2場所時代の双葉山がそれに匹敵する記録を残している。連覇期間で言えば2年半にも及び、印象ではまさに無敵、独占状態が際立っていただろう。その記録も加え、8人の4連覇達成力士の偉業を比較する。(それぞれの自己最多記録について振り返る。)


1 始まり

 ①双葉山  双葉山の5連覇は69連勝と重なる。連勝開始の場所こそ全勝の横綱玉錦との対戦に敗れて優勝を逃したが、翌日から無敵となる。新関脇となった11年夏場所から連続優勝が始まる。横綱玉錦との世紀の一戦に初めて勝って1差で逃げ切る。関脇1場所で大関昇進となった。

 

 ②羽黒山  羽黒山の4連覇は戦後初開催となった20年11月に始まる。もちろん相撲どころでない世相。双葉山が引退して、王者不在の場所だったが、存在感の大きすぎる立浪の先輩横綱が去り、ようやく自分の時代だと自負する横綱が真価を発揮し始める。

 

 ③大鵬Ⅰ   32回の優勝を誇る大鵬は、4連覇を達成した後、2度の6連覇を記録している。まさに無敵の印象を与えた。6場所制では初の4連覇は、大関から横綱昇進にかけて。この時は佐田の山との決定戦に敗れて5連覇を逃した。2場所のブランクを挟んで37年7月からまた連覇が始まる。それまで5回の優勝は最高でも13勝2敗と圧倒的な力は見せつけられなかったが、初めて14勝を記録する。2日目大ベテラン出羽錦に極め出されるなど、まだ力負けする場面があったが、不調の上位陣を撫で切りにして3場所ぶりの優勝を飾る。同時昇進の柏戸との差がかなり開いてきた。

 

  大鵬Ⅱ   初の6連覇の大鵬は、2場所に1度のペースで順調に優勝回数を伸ばす。ただ、故障休場などもあって必ずしも横綱昇進当初のように万全ではなかった。41年1月も全休し、休み明けとなった場所からまた大記録が生まれる。部屋別総当りの時代となって難しさは増していたが、関係なかった。中盤合口の良い豊山、北の冨士に敗れて2敗したが、競りかける力士もおらず楽々逃げ切った。休場明けに強い不死鳥大鵬、19回目の優勝だった。

 ④北の湖  大鵬の最年少記録を次々に更新した怪童。横綱になってしばらくは、安定感は抜群も勝負弱さやライバル輪島の存在もあって、10回も優勝を重ねながらここまで連覇に縁がなかった。しかし昭和53年に入り二強から一気に抜け出す。前場所は輪島と1敗同士の相星決戦を戦って敗れたが、圧巻の全勝で初場所を制した。10勝に終わった輪島は不調に陥る。

 ⑤千代の富士 千代の富士も大型連覇開始には時間がかかった。隆の里という天敵もいて、20台では3連覇が一度だけ。しかし、新国技館時代となって強みを増し、60年9月から2度目の3連覇を果たすが、61年3月は途中休場、大鵬同様休場明けに強いと言われた横綱だが、5連覇も連勝記録も快記録も休場明けから生まれた。不調の朝潮に敗れるなどもたついたが、千秋楽で大関北尾との相星決戦を制し新国技館5連覇を果たした。

 

 ⑥貴乃花  横綱1年目では4度の優勝を果たした貴乃花。同部屋の大関若乃花、貴ノ浪との決定戦で2場所続けて優勝を逃したが、毎場所好成績。そして平成8年春から連続優勝が始まる。14勝1敗で順当な優勝だった。

 

 ⑦朝青龍  ついに記録を更新した朝青龍。横綱2年目の16年、35連勝を含む4連覇を達成して飛び抜けた実力を示す。秋場所は不振で9勝6敗に終わるが、スキを見せたのはこの1場所だけだった。九州場所では千秋楽を待たずに優勝を決め、魁皇の綱取りを阻止。年間5回の優勝で黄金時代をスタートさせた。

 

 ⑧白鵬   19年に昇進後、着々と実績を積み上げた白鵬。しばらくは朝青龍との二強時代だったが、徐々に地力の差は明らかになってきた。21年は本割で朝青龍に全勝。年間86勝4敗の圧倒的な強さだったが、決定戦に3連敗して連覇はなし。22年1月は珍しく3敗して朝青龍に賜杯をさらわれたが、場所後朝青龍が引退。このあと無敵の連勝記録が始まるのだが、時を同じくして連続優勝も始まった。一番勝負の鬼、朝青龍の電撃引退で、ライバル不在となったことが独走状態に拍車をかけた。スタートの春場所こそ、関脇の把瑠都が14勝1敗でハイレベルな優勝争いを演じたが、大関陣はまったく不甲斐なかった。

2 ライバル

 ①双葉山  ライバルというよりは、雲の上にいた強豪玉錦。これを倒して5連覇、双葉山時代を作った。1回目の優勝の後は立場が逆転、玉錦は打倒双葉に執念を燃やしながら急死してしまった。横綱武藏山、男女ノ川は盛りを過ぎていて問題にならず。関脇同士で全勝対決を演じて大関に同時昇進した盟友・鏡岩との差もあっという間に開いた。無敗の圧倒的な5連覇だったが、競り合うライバルも力不足。対して後期の4連覇時には、同部屋の羽黒山や、安芸ノ海、照國が肉薄して横綱に昇進していった。彼らも好成績を残したが、わずかな差で賜杯を渡さなかった。総当りでない時代とは言え、ハイレベルな優勝争いが毎場所繰り広げられた。

 

 ②羽黒山  照國や東富士、汐ノ海らも優勝争いに顔を出すことはあったが、ライバルと呼べるほど安定していなかった。2場所連続であと一歩まで迫り横綱に昇進したベテラン前田山、新入幕で全勝(決定戦はなく上位の羽黒山が優勝)、22年秋にはついに羽黒山に土をつけた千代の山。この2人の対抗馬としての役割を果たした。

 

 ③大鵬Ⅰ   横綱柏戸や大関の佐田の山、栃光が竸った場所もあったが、最も健闘したのは豊山。連覇が始まった場所は平幕だったが、好成績を続けて大関昇進。4場所で準優勝または1差に迫った。

  大鵬Ⅱ   2度目は4横綱時代となっていたが、やはり独走の色が強かった。柏戸が比較的頑張っていたが、1差で千秋楽対決に持ち込むのがやっと。佐田の山は不調から立ち直って後半には決定戦も戦うが、栃ノ海は力尽きて引退した。大関は豊山が一人で支えていたが限界に近く、北の富士、玉乃島が昇進するも優勝を奪うほどの地力はなかった。

 

 ④北の湖   前年まで賜杯を分け合っていた輪島が後退。代わって毎場所大関若三杉が健闘、優勝こそなかったが、連続で決定戦に進み横綱若乃花となった。北の湖の年間82勝の陰で目立たなかったが、この年78勝も挙げている。輪島も14勝した場所もあったが、全勝北の湖に敗れ及ばず。休場がちだった。三重ノ海、貴ノ花、旭國の大関陣とは大差があった。

 

 ⑤千代の富士 1横綱時代となっていたが、ライバルとして立ちはだかったのは大関北尾改め横綱双羽黒。若三杉同様優勝こそ出来なかったが、千秋楽まで賜杯を争ってNo.2の実力を発揮、横綱昇進を決めた。新横綱の場所こそ絶不調だったが、5場所中4場所で千秋楽の結びの一番で優勝を争った。

 

 ⑥貴乃花  横綱曙、大関の武蔵丸、同部屋の若乃花、貴ノ浪、関脇武双山が好成績を挙げる場所があったが及ばず。実力差は歴然としていた。この年、貴乃花は1場所全休したものの年間最多勝利をマークした。

 

 ⑦朝青龍  史上最長の一人横綱を務めた時代。大関の魁皇、千代大海、栃東らは相手にならず、最も苦しめたのは関脇琴欧洲。2場所連続で千秋楽まで賜杯を争った。17年秋場所は一時2差をつけていたが逆転された。しかし、7連覇の最後3場所で朝青龍に2勝、横綱昇進級の好成績で大関に昇進した。

 

 ⑧白鵬   一人横綱となって以降、一度も賜杯を離さない。関脇把瑠都、返り入幕の豊ノ島が14勝と健闘した場所以外は圧勝の場所が続いた。大関もだらしなく、ライバルと呼べる力士は不在。直接対決では稀勢の里が闘志むき出しで健闘し、63連勝をストップさせるなど連勝したが、連覇を止める活躍はなかった。

3 連覇中の情勢

 ①双葉山  昭和11年から13年。二・二六事件から日中戦争前夜の不穏な情勢。それでも軍国化の流れに、軍神・双葉の快進撃がピタリとはまり、相撲人気は上々だった。土俵上は、横綱玉錦から双葉山へ、劇的な覇者交代。ベテラン玉錦は健闘するも及ばず現役死。故障に苦しむ横綱武藏山は7勝6敗で一場所皆勤するのがやっと、新横綱男女ノ川も負け越すなど不振を極め、ストッパーには成り得ず。大関清水川は最晩年で引退となる。双葉と同時大関の鏡岩も34歳で多くは望めず。小結から飛び級大関となった高砂のエース前田山も力不足だった。当時幕内の片屋を占める大勢力の出羽海部屋は必死の対抗策を練る。参謀格の関脇笠置山は早大出身のインテリ力士。あれこれ双葉の弱点を探るも誰も倒せず69連勝を許した。まさに無敵独走時代だった。

 

 ②羽黒山  戦後の混乱の時代。食糧確保にも事欠き、常設会場もなく場所開催も不定期。流浪の相撲団。調整に苦慮した上位陣の中で羽黒山だけが飛び抜けた成績を残した。連覇中に双葉山、安芸ノ海が引退、照國も不振。争ったのは、大関から横綱に昇進したベテラン前田山、関脇から大関に上がった汐ノ海、それに新入幕で全勝した千代の山や増位山、三根山など平幕勢だった。役力士は悲劇的な状況。横綱安芸ノ海が負け越し、大関の名寄岩が11戦全敗を記録するなど、なぜ羽黒山がひとり安定していたのか不思議なくらいの惨状で、番付も流動的だった。4連覇という数字は、年6場所下とは比較できず、途中丸一年のブランクもあった。横綱という看板を背負って、難局を引っ張った功績は、最も賞賛させるべき連覇記録である。

 

 ③大鵬Ⅰ  金山時代の名古屋場所からスタート。若乃花が引退して番付上初めて柏戸との2横綱となった。5大関は全て柏鵬(22,23歳)より年上。24歳の栃ノ海、佐田の山、油の乗り切った栃光、北葉山、34歳の大ベテラン琴ヶ濱は最晩年でまもなく引退。柏戸が故障がちの中、大関陣は入れ替わりに好成績を残して場所を盛り上げていた。豊山も大活躍で大関昇進。それでも遂に大鵬の牙城は崩せず。青年横綱が上の世代を力でねじ伏せた6連覇。

 

  大鵬Ⅱ  1度目の6連覇時代の5大関から2人が横綱昇進、栃光が引退して4横綱2大関となっていた。前の場所は大鵬を含む3横綱が休場、優勝した柏戸を除くと横綱は不振状態だった。柏戸は毎場所粘りを見せるが及ばず、佐田の山も復調して初場所には14勝するがそれでも届かない。栃ノ海はついに引退となった。大関豊山は勝ち越しが精一杯、北葉山は引退し、大甘の大関昇進を果たした北の富士、玉乃島はまだまだ地力不足だった。ちょうど世代交代の過渡期にあたり、後から横綱大関となった先輩力士が去っていく中、円熟味を増す大鵬の独走となった。

 

 ④北の湖  大鵬引退、北玉時代の頓挫で相撲人気は急激に落ち込んだが、貴ノ花や輪島らスターの誕生で持ち直した相撲界。そこへ最年少記録を次々更新した北の湖が横綱に上り詰め、輪島とのハイレベルな二強時代を築き上げた。しかし53年、輪島は30歳となりやや衰退、24歳になって完成度を高めた北の湖が一気に抜け出す。4大関のうち3人はベテランと言える年代で10勝が精一杯。ひとり北の湖と同い年の若三杉が猛追したが、充実の北の湖には敵わなかった。三役は流動的で、若き日の琴風、千代の富士も新三役を果たしているが、その時点で大関に届きそうな力士はいなかった。

 

 ⑤千代の富士  北の湖、隆の里の引退で千代の富士は1人横綱となっていたが、前述のとおり北尾改め双羽黒が横綱へ。連覇が始まる前の場所で千代休場の穴を埋めて初優勝した、弟弟子の保志が大関への挑戦に成功。4大関はそろって不振続き。大乃国、北天佑が1場所二桁勝っただけで、あとは8,9勝のどんぐりの背比べ状態。朝潮はかろうじて連続勝ち越し記録を維持している状態で、若嶋津は引退への下り坂にあった。三役では、保志と昇進レースを繰り広げていた小錦が右ヒザに重傷を負い、後退。旭富士、琴ヶ梅らもまだ力不足だった。千代の富士5連覇の前後を関脇保志のち大関北勝海が固め、九重部屋10連覇の黄金時代を築いた。

 

 ⑥貴乃花  横綱曙、大関若乃花、武蔵丸、貴ノ浪。五人組が君臨、大関たるもの10勝は当たり前という充実期だった。三役には魁皇、武双山、琴錦、貴闘力、安芸ノ島ら強豪ぞろい。貴乃花は4連覇中、ほぼ先行逃げ切りの安定した戦いぶり。先に2敗を喫した名古屋場所も、トップの曙を若乃花が破り、直接対決で退けた。ただでさえ強いのに、ライバルを二子山軍団が露払いして手がつけられなかった。二子山勢で9連覇を果たす。フィーバーと言われた人気は、上位力士や優勝争いのマンネリ化でやや下火となったものの、連続の満員御礼はまだまだ継続していた。

 

 ⑦朝青龍  一人横綱がすっかり板についていた朝青龍。日本人大関は弱体化。16年九州で武双山が引退、栃東が二度陥落となって、17年1月は綱取りを見送られた魁皇とカド番の千代大海の2人だけだった。魁皇、千代大海はカド番続き、復帰を果たした栃東は安定し、春場所で朝青龍の27連勝を止めたものの脅かすまでには至らず。関脇以下も伸び悩み、脅かすまでの存在は少なかった。大関取りが有力視されていた若の里も失敗、一気に出世するかと見られた20歳の白鵬も、この年は左足親指を痛めて休場するなどスランプ。琴光喜も小結で13勝したが及ばず。優勝争いは、朝青龍の圧勝続き。唯一大関取りに成功した琴欧洲が苦しめたが、プレッシャーに負けてストップならず。九州場所では再び独走し、14日目魁皇に勝った一番で、年間最多勝利の更新、年6場所完全制覇、史上初の7連覇を同時に決めた。

 

 ⑧白鵬   白鵬の7連覇は羽黒山に次いで難しい時期に当たった。不祥事による内的要因によるものとは言え相撲界が危機に立たされた時代。1場所が中止、2場所では天皇賜杯が授与されなかった。独走のきっかけも朝青龍の暴行事件による引退だったが、22年名古屋場所は野球賭博で大関琴光喜らが解雇、昭和28年の放送開始以来となるNHK生中継中止。翌年2月にはまさかの八百長発覚で春場所が中止、夏場所の本場所とはできず無料公開の技量審査場所となった。もちろん中継中止。BSでの幕下以下の中継もスムーズになくなった。相撲協会自体が自滅した時期に、一人横綱白鵬は不動だった。途中4場所連続全勝の快挙を含む63連勝を記録、大記録がストップしても崩れず連覇を伸ばした。優勝を重ねただけでなく、成績もハイレベルな7連覇だった。ロートル化した大関陣は終盤まで粘ることなく独走を許した。

4 連覇ストップ

 ①双葉山  昭和14年春場所4日目、69連勝がストップする歴史的な敗戦を喫した双葉山。木鶏たりえず、翌日も両国にうっちゃられるなど3連敗を喫して9勝4敗に終わった。やはり場所前アメーバ赤痢を患って体重が落ちていたことも影響したか。波乱の場所を制したのは、珍しく好調の横綱男女ノ川でも、安芸ノ海(負け越し)でもなく、幕尻から2枚目の前頭17枚目で13戦全勝を記録した出羽湊だった。連勝記録に続き、連覇まで完全に自滅で逃してしまった。

 

 ②羽黒山  半年ぶりの開催となった23年5月の土俵に羽黒山の姿はなかった。巡業先の緩い土俵でアキレス腱断裂の大怪我を負ってしまったのである。双葉山の5連覇に並ぶことはできなかった。当時としては、そういった注目の仕方もされなかっただろうが。王者不在の場所は大荒れ、何とか大関東富士が横綱照國を振り切って優勝を飾り、場所を締めた。

 

 ③大鵬Ⅰ  連覇が遂に止まったのも熱帯名古屋場所。柏戸は長期休場中だったが、5人の大関陣は好スタート。中でも佐田の山と北葉山は全勝のまま勝ち進む。大鵬は5日目青の里に敗れて30連勝がストップ。気落ちせず1敗で追い上げた。11日目、全勝北葉山との対戦でこれを捕らえるかと思われたが、ここ数場所二桁にも届かなかった小兵の大関に名人ぶりを発揮されて2差をつけられる。翌日すでに3敗の大関栃光にも敗れ、残り3人で全勝2人に3差。2人の直接対決があるため、この時点で7連覇は消滅。佐田の山を破るなど12勝3敗で終えたが、無敵大鵬にしてはあっけなく圏外に去った。終盤全勝の2人は星を落として決定戦の末、北葉山が佐田の山を破り、初優勝を果たした。取りこぼしが痛かった。

 

  大鵬Ⅱ  連続全勝で2度目の6連覇とした大鵬。強さは際立っていた。ところが5日目、浅瀬川の寄りにアレヨアレヨと寄り切られ35連勝ならず。横綱柏戸と佐田の山も早々と星を落とす。しかし大関北の冨士が走った。13日目、直接対決が組まれた。ここで負けては前回の7連覇失敗と同じ。ここは貫禄を見せて土をつけて並ぶ。ところが14日目、柏戸に敗れて痛恨の2敗目。2横綱を連破した北の冨士に逃げ切られてまたも6連覇はならず。2度目の35連勝と7連覇、2度目の挑戦はいずれも失敗に終わった。

 

 ④北の湖  大鵬引退、北玉時代の頓挫で相撲人気は急激に落ち込んだが、貴ノ花や輪島らスターの誕生で持ち直した相撲界。そこへ最年少記録を次々更新した北の湖が横綱に上り詰め、輪島とのハイレベルな二強時代を築き上げた。しかし53年、輪島は30歳となりやや衰退、24歳になって完成度を高めた北の湖が一気に抜け出す。4大関のうち3人はベテランと言える年代で10勝が精一杯。ひとり北の湖と同い年の若三杉が猛追したが、充実の北の湖には敵わなかった。三役は流動的で、若き日の琴風、千代の富士も新三役を果たしているが、その時点で大関に届きそうな力士はいなかった。

 

 ⑤千代の富士 31回の優勝のうち、通算3度とあまり相性の良くない春場所。しかもこの場所は白いウルフ・益荒雄旋風が吹き荒れて、千代の富士も敗れる。2横綱4大関を破った殊勲者の上位総なめを阻止した北勝海が強く、中盤で3つの星を落とした千代の富士は早々に厳しくなった。12日目大関を狙う小錦にも敗れて3差、同部屋の相手だけに直接対決もなく、完全に白旗となった。結果的には1差に迫る11勝だったが、珍しい自滅で大鵬の記録には届かなかった。前場所も12勝3敗で決定戦での優勝、翌場所は横綱昇進後ワーストタイの10勝に終わるなど、周期的に不調だったことも事実。5連覇中でも全勝はなく、取りこぼしは少なくない横綱だっただけに、この後53連勝を記録したのは意外だった。

 

 ⑥貴乃花   8年11月場所は5連覇と共に年間最多勝利の記録も掛かっていた。2年以上12勝以上を続ける安定感で、53年の北の湖を超える新記録なるかと期待されたが、場所前に背中を痛めた上、肝炎で高熱。初土俵以来初めての休場に追い込まれた。大きな故障無く戦ってきた24歳は無念の離脱で様々な記録が途絶えた。この場所では、本命不在を象徴するように11勝4敗で5人による決定戦となってしまった。

 

 ⑦朝青龍   7連覇達成から年が明けて18年。どこまでも続きそうだった連続優勝にも終わりの時が来た。2日目に早くも土がつくが、1敗を死守して全勝の栃東、北勝力を追い、10日目に追いつく。2敗で新大関琴欧洲と関脇白鵬、平幕の時津海がついてきていた。珍しく混戦となった優勝争い。下位力士は潰し合わせて、役力士を蹴散らし8連覇という目論見は、12日目から白鵬、平幕の安馬に連敗して崩れ、14日目に望みが消えた。千秋楽勝てば優勝の栃東にも敗れ11勝止まり。首、ヒジ、背中などに疲労が溜まっており、終盤戦で一気に吹き出した。

 

 ⑧白鵬       ストップは半年ぶりの通常開催となった名古屋場所。前の5月技量審査場所では、珍しく1場所2敗を喫した白鵬。後続に2差がついた13日目に日馬富士の速い動きに崩されて1年ぶりに稀勢の里以外から土をつけられ、優勝が決まってからも38歳10ヶ月の大関魁皇に力相撲で寄り切られた。4場所連続全勝、2場所14勝1敗と来ての13勝だけにやや不調と見られた。その場所も1差に迫ったのは大関ではなく、平幕の栃ノ心。千秋楽これを退けて白鵬の優勝をアシストした日馬富士が、翌場所は白鵬の新記録を阻止する。初優勝してからはヒザの故障などに苦しみ、1月はカド番を8勝7敗で脱出するなど不振が続いていた大関だが、課題の序盤戦を無傷で乗り切ると、あれよあれよと全勝街道、白鵬も取りこぼしなく勝ち進んだが、大関取りの琴奨菊に完敗して1歩後退。14日目の直接対決では、これまで力でねじ伏せていた相手に食いつかれて防戦一方のまま、らしくない負け方でついに優勝を攫われた。自滅とは言えない、相手を褒めるべき連覇ストップだったが、千秋楽は気が抜けたようにあっさり敗れた。

5 殊勲力士

 ①双葉山  5連覇は全て全勝。48連勝目で両国が大きく打っちゃった一番が最も惜しかったとされる。

 

 ②羽黒山  戦後の混乱期で興行日数が限られていたとはいえ、わずか2番しか落とさなかった。決定戦に進出した大関前田山に敗れたのと、新鋭千代の山に与えた金星。決まり手は引き落とし、突き出しといずれも捕まえきれなかった。

 

 ③大鵬Ⅰ  圧倒的な力を誇りながら全勝はなかった大鵬。この6連覇の最後で初めて全勝を果たして黄金期の完成となった。といっても取りこぼしは少なく、関脇以下で連覇中の大鵬を破ったのは、関脇豊山とベテラン出羽錦だけ。11日目までに敗れたのは出羽錦に落とした2つの星だけである。なぜ30代後半の老兵が若き王者を二度もつまずかせたのか。猫だましを放って大鵬を怒らせた有名なエピソードもあるが、それだけ大鵬打倒に知恵を絞った賜物ということなのだろう。極め出しと逆転下手投げが決まり手として残る。

 

  大鵬Ⅱ  二度目の6連覇中は金星の供給はなし。晩年の豊山に2敗、大関昇進前の北の富士、清国に敗れたのがそれまでの対戦成績からいえば取りこぼしだが、驚く力士の名前はない。

 

 ④北の湖  横綱昇進を狙う大関若三杉に2敗したが、それ以外役力士には落とさず。琴風と高見山に金星を許したのみで、抜群の安定感を誇った。琴風には連覇開始前の場所でも出足に屈しており、対戦成績2勝2敗となって苦手になりかけたが、その後は1度しか負けず、晩年に至るまでお得意様にしてしまった。高見山とは30回を超える対戦経験があり、初顔から5連敗したのも過去の話で19連勝中だった。年間最多勝記録を打ち立てた年に、この2人に不覚を取っていたのは不思議である。

 

 ⑤千代の富士  双羽黒に2度決定戦に持ち込まれたほか、大関時代の大乃国にも2敗している。逆鉾に初めて土をつけられたのはともかく、栃司、玉龍に落としているのが目を引く。ともに上位に定着した力士ではなく、通算の対戦回数も8回、3回と少ない中でも大金星。会心の勝利となった。軽量横綱だけに、一発ある押し相撲の栃司に屈したのはまだ想定できたが、めったに投げを食わない横綱を下手投げに下した玉龍の思い切った荒技は驚きが大きかった。

 

 ⑥貴乃花   4連覇中の4敗だが、横綱曙、大関武蔵丸には1つも落としていない。旭豊の肩透かし、剣晃の下手投げ、琴の若のすくい投げと窮余の技に面食った取りこぼしが目立つ。あとひとつは関脇魁皇に屈した1敗。安定した四つ相撲のイメージだが、意外に序盤のポカは多い横綱だった。

 

 ⑦朝青龍   関脇琴欧洲に2敗したほかは、いずれも違う力士に敗れている。平幕相手では、白鵬の土俵際でのいなし、黒海の引き、安美錦の外掛けにしてやられた3番。最も驚かされたのは、大関昇進以降初めて黒星スタートとなった17年9月の小結普天王戦。躍進する新三役の怒濤の寄りに圧倒され、唯一追う展の優勝争いを強いられた。

 

 ⑧白鵬    15日制下では初の4場所連続全勝からスタート。その中で特に善戦していた稀勢の里が、連勝を63で止め、翌場所も勝つ。しかし両場所の敗戦はそれだけ。6連覇の間で一人にしか負けなかった。7連覇を達成した技量審査場所では、大関の日馬富士、魁皇に敗れている。いずれも少しのスキに付け入られた。

6 優勝争い

 ① 双葉山   すべて全勝の双葉山。前場所、11戦全勝の玉錦との1差対決に敗れて9勝2敗だった平幕の双葉山は11年夏新関脇となり、9日目横綱玉錦との全勝対決で初めて王者を下し、逃げ切った。大関に上がった翌12年春場所も玉錦が並走したが、故障休場で脱落。対戦のなかった平幕九州山が1敗で追いすがるも楽日を待たず優勝決定。下位の好調者と対戦せず、興行日数が少ないため独走にはなりにくいが、同点なら上位者が優勝となる時代、上位力士が同点以下でなければ千秋楽まで縺れない。12年夏も11日目1差の大関清水川、12日目2差の横綱玉錦を退けて千秋楽前に決定。西横綱となった13年春も12日目笠置山を下した時点で2敗玉錦らに逆転の望みはなくなった。5連覇目の夏場所は珍しく4横綱皆勤だったが、不成績の武蔵山、男女ノ川を連破した時点で他の逆転の目はなくなった。玉錦との覇者交代の一番のほかはほぼ優位に立ってライバルを突き放している。焦点は優勝争いよりいつ敗れるか、だった。

 

 ②    羽黒山   20年から22年にかけての4連覇中、全勝2回、1敗2回と安定した盤石の土俵ぶりである。最初の2場所は全勝優勝だが、番数が少ないこともあってライバルは多く、20年11月は8日目大関東富士、9日目横綱照國と全勝対決が続いた。さらに対戦のなかった新入幕の千代の山はついに全勝を記録。千秋楽不振の横綱安芸ノ海を負け越しに追い込み、同点ながら上位者優勝を飾った。翌場所は上位陣が不振で比較的楽な展開。終盤、前頭筆頭千代の山、関脇汐ノ海、張出大関前田山との1差対決を3タテして千秋楽前に2差をつけてしまった。1敗を喫した22年の夏場所は、第1回優勝決定戦として有名だ。前田山に喫した2年ぶりの土が響いたが、翌日東富士を1敗に引きずりおろして4人による決定戦に縺れた。力道山、前田山を連破して貫禄を見せた。秋は上位が揃って不振。8日目に千代の山に金星を許し平幕出羽錦と並んで千秋楽を迎えたが、のちの名脇役が三根山に敗れ、結びで照國をつり出した常勝横綱の4連覇が決まった。他の力士が調整に苦しんでいるなか、浮き沈みなく好成績を続け、勝負強さも光った。

 

 ③    大鵬Ⅰ   取りこぼしの少なかった大鵬、当然逃げる展開が多く、前半に星を落とした場所でも11日目にはトップに並んでいる。この間健闘した佐田の山や豊山が追いすがり、1差で終盤に対戦するも及ばず、もしくは土をつけるが最後は振り切られるという展開が目立つ。終盤での勝負強さが目立ったが、それほど独走ばかりさせていない点で他の上位陣の健闘も光る。

 

    大鵬Ⅱ   大鵬が逃げ、柏戸が追う展開が続いた。柏戸は千秋楽1差対決2度、決定戦1度と直接対決まで持ち込みながら苦杯を嘗めている。14日目に決まったのは2場所だけ。横綱がよく競り合ったが、不死鳥大鵬を打ち落とすまでには至らなかった。

 

 ④北の湖   この年78勝を挙げた若三杉(若乃花)やライバル輪島との激しい鍔迫り合いとなった。独走できたのは14連勝で優勝を決めた初場所くらい。春、夏、秋と1差で追う若三杉と楽日対決。うち2場所決定戦に持ち込まれている。名古屋では輪島が復調し14日目に全勝同士での決戦。水入りの大相撲を制した一番が輪湖時代にようやく決着をつけた一番として記憶される。

 

 ⑤千代の富士   5連覇の前半は先行する展開が目立つ。追いかける北尾との決戦を制し連覇。新横綱となったライバルが途中休場した1場所は余裕の逃げ切りだったが、最後の2場所は追いかける展開で北尾改め双羽黒との争い。相星決戦、決定戦を制して5連覇達成。優勝のない横綱をここ一番の強さで退けた。

 

 ⑥   貴乃花  序盤で1つ星を落とす貴乃花だったが、これを追いかけるのは同部屋の2大関という展開が2場所続いた。若乃花、貴ノ浪には前場所、前々場所と決定戦の末優勝を譲っている。まさに二子山全盛期だったが、王者はしっかり逃げ切りを決めた。3場所目の名古屋では貴ノ浪が先行、11日目に土がついて曙と3人並び、13日目に二子山勢が2敗となる。しかし14日目に不調若乃花が曙を見事にひっくり返して再び3者並ぶ。しかもこの一番で肩を強打した曙に力はなく、貴ノ浪が敗れた後の結びの一番を難なくものにした貴乃花が3連覇。秋は全勝街道を走り、13日目に優勝を決める独走ぶりだった。本格的に独走が始まるかと思われたが…

 

 ⑦    朝青龍  独走ぶりが目立った朝青龍は、すべて千秋楽を待たずに4連覇。関脇琴欧洲が競り合って2場所は千秋楽まで縺れたが、相手の勝負弱さも手伝って連覇を続けた。締めの九州も独走で、琴欧洲に一矢報いられたのみ。14日目に史上初の7連覇を決定した。

 

 ⑧    白鵬   白鵬の連覇もほぼ対抗馬不在。大関が競りかけることは一度もなかった。千秋楽まで縺れたのは、関脇把瑠都と平幕豊ノ島が14勝した場所だけ。あとは独走する横綱に2差で何とか好調な平幕下位力士が残っている程度で、5大関がいながらおよそ優勝争いと呼べる展開にもならなかった。63連勝を含んでいるとは言え、朝青龍の時代よりもひどい大差ぶりだった。

7 その後...

 ①双葉山  崩れた双葉山だったが、翌場所も全勝するなどすぐに立ち直り。15年夏こそ途中休場したものの、精神を立て直してまた無敵の双葉山として戦中の土俵に君臨、充実の4連覇を果たして伝説になる。

 

 ②羽黒山  故障がなかなか回復せず、2年に渡る離脱を余儀なくされた。復帰した羽黒山は年齢的にも30台中盤、よく立て直したが賜杯はその手に戻らない。故障休場も増えた。限界と見られた27年、37歳が息を吹き返す。新進気鋭の横綱千代の山との1差対決を制して圧巻の全勝優勝。最後の一花を咲かせて12年も綱を張った。

 

 ③大鵬Ⅰ  この後3場所連続で優勝を逃した大鵬。長期休場明けの柏戸との全勝決戦も含まれる。口の悪い若き石原慎太郎に八百長と叩かれたが、14連勝しながらわざわざ負ける理由がない。しかし、連覇中の高い集中力ならきっちりものにしていたであろう一番、不思議に思うのも無理はない。3場所も賜杯から遠ざかったのはこの時くらいで、その後も優勝を積み重ねていく。

 

  大鵬Ⅱ  翌場所では柏戸との14勝同士の決定戦の末、賜杯を取り返す。その後、やや故障が目立った大鵬。翌43年初場所で途中休場すると、そのまま3場所連続全休。佐田の山は引退、柏戸や大関陣も不振で留守を守れず荒れた時代となる。ところが引退の危機を乗り越えて復活優勝した大鵬は、そのまま勝ちっぱなし、45連勝を達成する。不死鳥と呼ばれる所以である。ケガと闘いながら、北玉とも互角以上に渡り合った大鵬は優勝を32まで伸ばした。

 ④北の湖  その後2年あまり、第一人者の地位は不動だった。転機は56年、千代の富士フィーバーに立ち塞がっていたが、ヒザの故障で初めて休場。すると徐々に力が衰え始め、休場続きで千代の富士や隆の里の後塵を拝する3番手横綱の地位に甘んじる。それでも最後に全勝優勝して力を示した。

 

 ⑤千代の富士  連覇の止まった62年から63年初めにかけては休場もあって安定感を欠いた千代の富士だったが、休場明けの63年夏から53連勝(4連覇)が始まる。連続優勝を果たした全盛期の後に、円熟の安定感で連勝記録を作るのは大鵬と同じパターン。ピークのあとにピークを作ったのが30回を超える優勝を記録した二人の共通点。

 

 ⑥貴乃花   4連覇ストップ後、早くも圧倒的な独走時代には陰りが見え、以降3連覇以上は記録できなかった。それでも9,10年は5回の優勝を果たし20回に乗せたが、11,12年は全く賜杯に見放されてしまう。故障との戦いが続き、現実的に語られた大鵬の優勝回数更新どころか、北の湖の24にも届かなかった。

 

 ⑦朝青龍   7連覇後に朝青龍は徐々に変調。18年は3連覇して実力を見せたが、19年に入り白鵬に横綱昇進を許し、その焦りからか異常な行動が目立つ。サッカー事件で出場停止を食らったりしているうち、実力では白鵬に押され始める。勝負強さで優勝は25回まで伸ばしたが、連覇を果たす力は失っていった。

 

 ⑧白鵬    7連覇の後、翌24年には少し不調期を迎えた白鵬だが、1人横綱が解消されても依然として飛び抜けた存在として君臨した。25年には43連勝を含む4連覇。26年5月からは大鵬以来2度目の6連覇を達成し、一気に優勝回数1位へと躍り出た。21年〜22年当時の圧倒的な強さはなかったとは言え、他との力の差は歴然としていた。(平成29年修正)