昭和史発掘 本場所編


昭和39年5月場所

概要

トピックス

 栃ノ海が横綱初優勝

 大鵬の連勝34でストップ

 柏戸、11連勝しながら休場

 

優勝

 栃ノ海

 4場所ぶり3回目

 横綱

 13勝2敗

 楽日本割(勝って決定)

 

記録

 大鵬 34連勝(自己新・当時戦後1位)

 

歴史的観点

 復活の柏戸が頓挫、栃ノ海が大鵬対抗に名乗り

 大関陣が地力を証明

 ジェシー高見山が序ノ口優勝でデビュー

 

見どころ

 明武谷、若浪の吊り、うっちゃり、掛け技

 北の冨士の外掛け

 潜航艇の本領 岩風が居反り

 大関北葉山の技能

 老兵出羽錦の当たらない立合い

 晩年期若羽黒の綱渡り

 個性的な行司たち

 

前場所からの流れ

 大鵬が柏戸との3場所ぶりの全勝決戦で雪辱。連続全勝として、31連勝。6連覇から半年賜杯を手放した小休止を終え、新たな黄金時代が始まるのか。

敗れた柏戸も、長期休場明け全勝、10勝、12勝、14勝と完全に復活している。賜杯を奪回して柏鵬時代を完全に取り戻したい。

 または、新横綱では序盤で躓いて蚊帳の外になった栃ノ海が不調から立ち直り、第三極として機能するか。先場所は星を伸ばせなかった大関陣も、それに取って代わるくらいの復調を期待したい。

 大豪もそろそろ関脇を卒業したいが、11勝で3場所30勝はクリア。12勝なら当時のことだから大関の声がかかってもおかしくない。実力者開隆山も関脇復帰。入幕直後に新三役を果たした清國と北の冨士は陥落したが、北の冨士と同時入幕の若見山が3場所目にして新三役。地味ながら力をつけてきた廣川も入幕から3年で掴んだ地位で蓄えた地力を発揮するか。

 横綱大関7人の陣容は厚いが、平幕上位には新鋭清國のほか、三役経験豊富な小城ノ花、明武谷に、前田川、青ノ里、鶴ヶ嶺も戻ってきた。果たして大鵬の連勝を阻む力士が現れるのか。

序盤戦

 

大鵬の連勝ストップ

 初場所から連続全勝とギアを上げてきた大鵬だが、4日目に前田川の引き落としに不覚。自己最高記録は34連勝でストップ。この時点で戦後の最長記録である。この場所の大鵬は、序盤その1敗で乗り切ったものの、2日目若見山、5日目清國にも一瞬ながら両差しを許すなどややスキが見られ、不調の様子。

 

上位は上々

 7人の横綱大関は全員出場。豊山が連敗を喫して2敗したものの、柏戸、北葉山、佐田の山が無傷、大鵬、栃ノ海、栃光が1敗。5日目は上位安泰で序盤を終えた。まずまず揃ったスタートと言えよう。

 柏戸はらしい出足を披露して好調を維持。栃ノ海は伏兵沢光に引き落とされて土がついた。その他も目まぐるしい相撲なので危ない場面も目につくが、連敗スタートの場所に比べれば天国である。

 大関で出来の良いのが北葉山。小兵だがケレンに走らず、左四つの型の充実が光る。先場所屈した関脇大豪の小手投げにも、しっかり修正して打たせない形を作った。佐田の山は、力強い突っ張り、吊りを見せて取りこぼしなし。栃光は危ない場面もあるが、よく粘っている印象。豊山はいつもながら大味な相撲が目立った。

 

三役力士は苦戦

 そろそろ大関取りが期待される関脇大豪だが、ワキの甘さを露呈して2日目から大関戦も含め4連敗。新関脇開隆山は栃光を破った必殺上手捻りの威力を見せつけ、白星先行。豊山と堂々渡り合う健闘もあった。

 新三役となる両小結は、現代のように連日上位戦というわけでもないが、黒星先行。廣川は柏戸、栃ノ海を押し込む場面はあったが一瞬で、若見山は大鵬に両差しを果たしたがこれも一瞬。鶴ヶ嶺を腕ひねりに破る器用さを見せたが、北の冨士、富士錦に一方的に持っていかれるなど内容は良くない。

 

健闘力士

 金星獲得の2番はいずれも引き技。前田川は立ち合いの当たりが思いのほか大鵬に響き、そこから鋭く退いて引き落としが決まった。ただ、それ以外は相手のペースで1勝のみ。沢光は2大関にも食いついて健闘、栃ノ海戦は横綱の速い出足に後退しながら、引き足鋭く落とし穴に嵌めた。

 前頭5枚目の北の冨士が豊山を外掛けに切って取り、北葉山に敗れた1敗のみと元気だ。平幕唯一の全勝は若秩父。思うように左四つに組めており、2年ぶりの前頭二桁なら当然といった地力を発揮している。


居反り

 岩風が居反りを披露。低く食い下がって若天龍の両足にしがみつく形から、逃れる相手を追いつつ勢いに乗って担ぎ上げると、乗り上げた相手はたまらずひっくり返った。幕内ではその後半世紀以上お目にかからない決まり手。


中盤戦

 

走る柏戸 追う栃ノ海 大鵬は2敗

 柏戸が絶好調で先頭を走る。前ミツ狙いの出足がますます勢いを増し、難敵も全く相手にならず。1差で挑んできた大関栃光もあっという間に寄り切って先場所に続く無傷の10連勝。

 序盤で土のついた2横綱がこれを追いかけるが、中日、大鵬が後退。珍しく攻め急いで明武谷にうっちゃられた。翌日もお得意様の小城ノ花にモロ差しから攻め込まれるなど本調子でない様子。栃ノ海は出し投げなど技能が光って追撃、10日目豊山に掬い投げから寄り倒されたかと思いきや、勇み足で星を拾い、1差に踏み止まった。

 

4大関好調も、V戦線からは後退

 序盤全勝は2大関。佐田の山は、6日目長い相撲の末に鶴ヶ嶺の外掛けに、8日目は開隆山に両前ミツで食い下がられ2敗。相星の大鵬に挑んだが、右四つで渾身の吊りも及ばず3敗に後退。北葉山も6連勝のあと3連敗。見事な左四つの型を披露していたが、3番はいずれも馬力負け。その北葉山を追いやった栃光は1敗を守って10日目柏戸に挑んだが完敗。豊山は大きな相撲を展開したが、7日目明武谷に入れ替えられて3敗目。

 

役力士は苦戦

 大関への足固めを期待された関脇大豪は9日目に負け越し。あっさり差されてバンザイ三杉になるのはともかく、そこからの粘りを欠いている。どこか悪いのか。開隆山は佐田の山に食い下がって勝ち、新三役廣川は北葉山を出足で勝って土をつけた。しかし皆上位戦が続いて黒星先行。

 

起重機の本領 明武谷

 大鵬から金星を挙げた前頭筆頭明武谷、得意のうっちゃりを決めたのは見事だったが、それ以上に印象に残った取り組みは10日目。巨漢若見山を肩越し両上手から根こそぎ吊り上げつつ左回りに大回転したのはびっくりした。まさに起重機の動きだ。

 しかし成績では上位は潰し合いで、明武谷も黒星先行、2枚目清國もおっつけ、ハズの力強さ、それに伴う差し身の良さを感じさせ、好調の北葉山を寄り切ったが、やはり4勝6敗。

 

平幕2敗は若浪 若秩父

 中位では、若浪が良い。十八番の吊り出し、うっちゃりも1つずつ出たが、吊りマスターは相手の吊りも熟知。タイミング良く低く見舞う外掛けで3番。海乃山には掛け投げを決めた。下位では好スタートを切った若秩父が、その若浪に敗れ、海乃山の蹴返しを食って連敗したものの、北の冨士を重さで持久戦に持ち込み浴びせ倒し、出羽錦との重厚な左四つ対決も制して給金を直した。

 

十両転落の危機 若羽黒 琴櫻

 元大関若羽黒、今場所は何とか残留したが14枚目で苦しい星取り。10日目は初場所に左を極められ負傷した若鳴門に再び左腕を小手で捻り上げて極め出され後がなくなった。初場所柏戸戦で足首を骨折した琴櫻も幕尻で復帰したが、全く本調子でなく同じく7敗で崖っぷち。


終盤戦

 

11戦全勝の柏戸に悲劇 1敗栃ノ海が繰り上がる

 ひとり全勝で走っていた横綱柏戸。14連勝した先場所以上に充実した内容で、1敗栃光も一蹴して終盤戦に突入。すでに4敗の大関豊山を一気に寄り立てたが、土俵際で左へ大きくうっちゃられた。体が割れ切っておらず軍配は柏戸。物言いもなく11連勝としたが、様子がおかしい。土俵下、患部を遠慮なく触る溜まりの観客...気遣う豊山。何とか勝ち名乗りを受けたが、落下した際に肩を強打して鎖骨を骨折しており、無敗のまま休場を余儀なくされた。

 嗚呼、柏戸。昇進後の停滞、そして4場所連続休場を乗り越え、直近4場所で2度の楽日全勝決戦を演じ、柏鵬時代の看板を掛け直そうという絶好機に、またも不運が訪れた。

 

大鵬も失速、北葉山再浮上

 これも勝負の世界、幸運を手にするのは誰か。11日目、栃光を3敗に沈めた大鵬にも自力優勝の目が出てきたが、12日目に豊山にあっけなく突き出され、北葉山にもうっちゃられて3連覇が消滅した。最も恩恵を被ったのは、10日目勇み足で1敗に残っていた栃ノ海。横綱2場所目で硬さも取れ、終盤に入っても鋭い出し投げ、外掛けで白星を重ね、優勝に王手をかけた。

 そして14日目栃ノ海は、3敗北葉山を立合いから差し身良く攻め立て、右前まわしを押し付けて煽る。ところがしぶとい北葉山、俵で踏ん張り、右からの投げ、さらに反対に捻ると栃ノ海左足を送れずに腰から落ちてしまった。6連勝スタートから3連敗と躓いた大関が、終盤に来て連日横綱に逆転勝利。1差で千秋楽を迎えることとなった。

 

栃ノ海が横綱初、3場所ぶり賜杯

 上位戦を終えた北葉山の相手は、前頭7枚目で勝ち越しのかかる若鳴門。右変化からの上手投げに俵に詰められたが、右四つに組んで堪えると、左からの上手出し投げを決めた。負ければ決定戦となった栃ノ海、左巻き替えて両下手。大鵬抱えて出たが残されて右上手一本。苦しくなった大鵬が左を巻き替えるところ、慌てずに右前みつを引きつけつつ前に出て、相手の左足横に送った右ヒザで切り返すように出て、大鵬の右上手からの投げに傾きつつも寄り倒した。

 大関時代の実績は乏しかった小兵横綱、新横綱でいきなり連敗してどうなることかと思われたが、何とか二桁で纏めた前場所の経験が活きたか、2場所目にして横綱の責任を果たした。ここ4場所で大鵬と2回ずつ賜杯を分け合っているのだから大したもの。離脱した柏戸に代わって大鵬のライバルを務めることも期待される。

 

大関陣は上々

 大鵬の不調と柏戸の休場の影響は否めないが、4大関は健闘。次点の北葉山を筆頭に、佐田の山とカド番栃光が11勝。豊山は柏戸をうっちゃり切れなかったが、振り飛ばしたことが場所の流れを変えた。大鵬を一方的に突き出すなど星も盛り返したが、千秋楽佐田の山の外掛けに倒れて二桁には乗せられず。

 

関脇から平幕上位は大苦戦

 上位力士にスキが少なかったことで、関脇以下幕内上位には厳しい場所になった。2関脇2小結、前頭3枚目までは誰も勝ち越せなかった。

 特に関脇大豪は9、10と白星を重ねて大関取りも期待されたが、最後まで立て直せないまま4勝11敗の惨敗。いつも以上に簡単に中に入られ、力技も不発だった。2年ぶり三役の開隆山は2大関を破り、得意の上手捻りで3番と勝ち相撲は良かったが、5勝に終わって転落。

新三役の両小結は、序盤の連敗が響き負け越し。入幕3場所目の若見山は決め手を欠いて4勝に終わった。幕内3年で三役を手にした廣川の出足は本物で、北葉山に土をつけるなど地力を見せて盛り返したが、終盤2大関に連敗して7勝8敗。

 平幕上位では、西筆頭明武谷の起重機ぶりが発揮され、大鵬、豊山、大豪といった大きな役力士、好調の吊り名人若浪、巨漢の若見山までもクレーンのごとく持ち上げて旋回。清國も怪力は発揮したが上位の壁厚く、それぞれ7勝に留まった。大鵬の34連勝を止めた前田川は、その1勝のみで負け続けたが、14日目にようやく連敗を止めた。横綱同時昇進した柏鵬を破って2勝13敗だった36年秋の再現は免れた。

 

三役昇進候補・三賞は?

 上位壊滅で、4枠空いた三役にはラッキー昇進ばかりになりそうだ。勝ち越しの最上位は東4枚目の沢光で、千秋楽は7勝7敗同士の幕尻栃王山戦を取りこぼさず、これで優勝者栃ノ海から奪った初金星が活きて殊勲賞。続いて東5枚目北の冨士、最後は清國に長い相撲の末に寄り倒され、玉乃島との幕内初対戦では左四つになりながら吊り出されて二桁は逃したが、前半戦豊山ら4人を刈り倒した外掛けが評価されて技能賞。さらに東6枚目は羽黒川が中日から8連勝、左差しが冴えて10勝をマーク。東7枚目海乃山も豊山を破っており千秋楽に勝ち越したが、4人目としては西方勝ち越し最上位の8枚目若浪。吊り出し、うっちゃり、外掛け、掛け投げと持ち味発揮し11勝で敢闘賞。

 終盤まで優勝戦線に残っていた岩風、若秩父は、結局10勝に留まって三賞ならず。

 

幕内下位残留戦線 若羽黒の綱渡り

 下に半枚、西14枚目元大関若羽黒は、3勝7敗の崖っぷちで迎えた終盤戦を5連勝で勝ち越し。12日目には勇み足で九死に一生を得ている。幕尻の琴櫻も同じ星だったが、11日目に負け越し結局10敗。休場明け最後まで調子が戻らず陥落となった。東14枚目の栃王山は、小兵らしく食い下がる技能を見せていたが、終盤は平幕上位との組まれて負け越し、残留は微妙だ。今場所唯一の新入幕・北ノ國は、左四つの型と怪力を披露して北玉を破り、最後に連勝して勝ち越した。