新入幕優勝

 新入幕で華々しく活躍した力士は数知れず。ところが、幕内最高優勝は夢のまた夢。勢いだけで届くものではないことは、1世紀以上も誰もなし得なかったことが物語る。
立ちはだかる巨大なる先輩幕内力士の壁。ところが、41人の先達を押しのけて栄冠を勝ち取る新人が現れた。

 快挙を記念して、1世紀分の新入幕力士の「あわや」を振り返る。

 

唯一の先例 両國1914

 唯一の先例は110年も前のこと。西暦1914年と聞けば、第1次世界大戦と頭に叩き込んだ人も多いだろう。和暦で言えば大正3年、新入幕、前頭14枚目の両国(直近の襲名者は今の境川親方。その2代前に当たる)が9勝無敗1休で制した。

 さすがに興行の仕組みが異なるのでそのまま比較できないというのはごもっともで、現在の3分の2に当たる10日興行という点、そして対戦相手の地位が最大の違いだろう。前頭14枚目ながら4日目にして小結と顔が合っているが、それ以外は最後まで平幕相手。7日目は「休み」となって西横綱太刀山と並んだが(これも当時ならでは。勿論怪我で休んだわけではない)、8日目の太刀山と関脇朝潮の一番が預かりとなり、勝ちっぱなした両国が半星差で上回った。太刀山からすると横綱として役力士(といっても3人だが)を相手に無敗、相手の休場1つに、僅か1つ仕留めきれなかっただけで下位力士に勝ち抜けられたことをどう受け止めただろうか。晩年に双葉山が優勝回数最多と言われ出した頃になって腹立ち始めていたりして。

 ともかく両国はいきなり最高成績を残したわけだが、その後1世紀分のゴールデンルーキーをもってしてもなしえない大記録になろうとは、本人も予想だにしていなかっただろう。後述のように個人優勝制度が未整備の時代であり、そもそも個人優勝の扱いが小さかった。優勝旗手としての姿が現存しているので、それなりに栄誉には与ってはいたのだなと、ようやく確認できたくらいだ。

 

 明治42年に初土俵を踏み、年2場所制の時代に4年足らずで新十両。3場所に最高成績を残して、所要10場所での新入幕。十両と幕内を連覇したのも尊富士と史上2人だけ。見事に出世ぶりが重なる。

 活躍が認められたか、下の名も伝統の梶之助に改めた両國は、翌場所平幕上位でも好成績を収めて関脇昇進。三役通算5場所、10年も幕内上位を主戦場に活躍して引退した。


優勝制度の変遷

 さて、大相撲における個人優勝表彰は、旧両国国技館開館に合わせて優勝掲額が贈呈された明治42年(1909年)6月が公式の起源とされる。とはいえ当初は東西制による団体表彰の方が公式で、個人優勝者の方はあまり厳密な制度を整えていなかった。そのためか、当時は引分、預りも多く、不戦勝はなく相手都合で休場になる(両国の1休もそれ)など、公平に優勝者を決めがたい状況が長く続いた。また相星の場合は番付上位者が優勝とされたため、下位力士は不利だった。それでも、日数が少ないこともあって圏内に残る下位力士は毎場所のように現れ、役力士に当てる間もないし、そもそも優勝争いの公平を期そうという今日的発想にはなかなか至らず。そのため上位が潰し合うと、時折抜け出す平幕優勝力士が現れた。初代掲額の高見山からして平幕である。

 戦後になってようやく優勝決定戦が導入され、1場所15日制の固定、系統別総当たりから部屋別総当たりへと現在のレギュレーションが整ってまもなく60年となる。好調の下位力士を後半戦上位力士と当て始めたのも同時期だが、取組編成の問題なので今もその運用は流動的で、毎回賛否の声は挙がる。


大物新人たちの不運 昭和初期まで

 明治、大正、昭和初期。9日から11日の短い興行日数の時代には、両國に続いて勝ち抜けそうな新入幕力士が度々出ているが、ついに抜け切れなかった。 優勝してもおかしくない好成績者でも、なぜか新入幕が強い時は上位の好成績者がいて、持っていかれている。相星の場合は上位者が優勝とされ、決定戦などはなかった。当時は休みや引分が発生しやすく、なかなか成績で上回れない。源氏山などは、勝ち星は一番多いのに、引分が多くても無敗の方が優秀とされて逃した(のちに優勝を攫った相手と同じ四股名を名乗るという因縁)。このように曖昧な優勝基準も相俟って惜しくも快挙を逃している。

その中に、のちの横綱数名も名を連ねているあたり、栴檀は双葉より芳しといったところか(双葉山は入っていない)。大蛇山というのも聞き覚えがあるが、これは昨年引退した徳勝龍が、それ以来の最高位平幕の優勝力士としてその名を引っ張り出していたからだ。3年後の大正15年に再びのチャンスを活かして平幕優勝を果たしている。

 昭和20年、終戦直後の10日間興行で勝ちっぱなした千代ノ山唯一の完全全勝例だが、最後まで平幕相手に終始し、優勝は上位者優先で横綱羽黒山だった。

力士 成績 V 対戦 備考
大3  両国 9-0 1休

 太刀山8-0 1預1休
大4  大錦 8-1 1休 1.5

 鳳10-0  楽日に土
大5 源氏山 9-1

十十十

西海8-0 1分1休
大6  大潮 9-0 1預

十十

栃木9-0 1預 楽日預
大11 陸奥山 8-2  

十十十

7日目まで一人全勝
大12 大蛇山 9-1 1休 0.5

常ノ花9-0 2分

昭4

信夫山 9-2   玉錦10-1

昭4

武藏山 9-2

常ノ花10-1

昭13

鹿嶋灘 12-1

双葉山13-0

昭19

五ツ海 7-2  

羽黒山10-0 終盤連敗

昭20

千代山 10-0

 

羽黒山10-0上位V

*陸奥山は陸奥ノ山、千代山は千代ノ山。源氏山はのち横綱西ノ海。

Vは、優勝争いの結果。優は優勝、同は同点、次は次点。

対戦は、平幕以外との対戦(黒字は敗戦)。

備考は、優勝者または次点の成績など

フロックが通じない時代  戦後〜令和

 大きな不利だった上位者優勝が廃止され、平幕がやたら多くて割崩しもなく、最も平幕下位が抜け出しやすい環境だったが、出羽錦や大蛇潟が勝てば決定戦の場面まで迫ったくらい。15日制になると、稀に12勝3敗が出るくらいで優勝に迫る力士は現れなかった。そんな時代に空前の快進撃を見せたのが大鵬初日から11連勝して役力士戦、13日目まで首位タイにつけ、日本中の注目を集めた。成績では、その後北の冨士が13勝をマークして更新。今回尊富士も上回れず未だ最多記録である。

力士 成績 V 対戦 備考
昭22 出羽錦 9-2

 

楽日前2三根に敗れ脱落
昭22 大蛇潟 9-2 1.5

 

楽日に敗れ脱落
昭28 成山 12-3

 

13日目脱落
昭33 若秩父 12-3     13日目脱落
昭35 大鵬 12-3

関小

13日目終え首位タイ
昭37 豊山 12-3

 

1差に迫るも届かず

昭39

北冨士 13-2    

大鵬全勝

2場所目清國14勝

*北冨士は北の冨士 黄色は最多記録。

Vは、優勝争いの結果。優は優勝、同は同点、次は次点(青字は単独)。

対戦は、平幕以外との対戦(黒字は敗戦)。

備考は、優勝者または次点の成績など

部屋別総当り 終盤割崩して上位戦も

 部屋別総当り制となり、横綱・大関の相手が前頭4、5枚目までに限られた。当初は上位陣が強く目立たなかったが、大鵬の休場が増えると平幕下位の好成績者が最後まで残るケースが散見され、昭和42年に13勝の陸奥嵐は役力士とは当たらず1差のまま。新入幕以外でも龍虎が13勝、若浪は優勝。そこでいよいよ下位力士でも積極的に上位戦が組まれるようになる。

 48年の大錦は首位と3差ついてからも上位戦が組まれ、大関貴ノ花、さらに琴櫻を破って史上初の新入幕金星。三賞独占。たまに大関を破る新入幕も出るが、終盤に入った辺りで三役力士が出動して待ったをかけるようになり、新入幕での目立った活躍は少なくなる。

 平成12年になって栃乃花が2大関を破り12勝したが、大抵は三役力士が出動して待ったをかけていた。同年、新入幕場所を全休して実質幕内デビュー場所だった琴光喜が1横綱3大関を倒し、1差の13勝で三賞を3つとも取ったのはセンセーショナルだったが、惜しくも扱いは再入幕だ。優勝争いを賑わせたのは19年の豪栄道。11日目時点で1敗で単独トップに立ったが、上位陣には通じなかった。上位陣も食ったのが逸ノ城で、付出デビューからわずか5場所目にして1敗で快走。2大関に続いて鶴竜からも金星。14日目白鵬との相星対決に敗れたが、陸奥嵐以来の13勝、単独で優勝次点となり、「100年ぶり」の快挙に期待が高まった。翌場所は明治以降初めて入幕2場所目で関脇に昇進している。

 令和に入ると、翔猿が1差で、伯桜鵬が首位タイで、いずれも勝てば決定戦の直接対決に挑んだが、やはり大一番で跳ね返されていた。

力士 成績 V 対戦 備考
昭41  禊凰 12-3  

全勝大鵬連敗で1差

昭42 陸奥嵐 13-2

 

猛追12連勝及ばず
昭43  龍虎 11-4  

十十

楽日まで1差

昭48

鷲羽山

11-4

関小

清國破るも14日目脱落
昭48  大錦 11-4  

金星、三賞独占

昭53  尾形 11-4  

大関

脱落後に貴花撃破

平2

貴闘力 11-4   寺尾に敗れ14日目脱落

平3

武藏丸 11-4  

13日目2敗琴錦に敗る

平9

 出島 11-4  

 

14日目3敗魁皇に敗る

平12

栃乃花 12-3  

大大

11日目魁皇と1敗対決

平16

 白鵬 12-3  

 

楽日首位北力のV阻止

平18

把瑠都 11-4  

大関

首位2人と対決連敗

平19

豪栄道 11-4  

横大小

単独Tも対役力士3連敗

平26

逸ノ城 13-2

横大大

14日目相星対決に散る

令2

 翔猿 11-4  

1差楽日対決に敗る

令5

伯桜鵬 11-4  

楽日首位対決敗れる

令6

大の里 11-4  

横大関

首位タイから転落

令6

尊富士 13-2

関小

11連勝、逃げ切る

*佐田海は佐田の海 黄色は最多記録

Vは、優勝争いの結果。優は優勝、同は同点、次は次点(青字は単独)。

対戦は、平幕以外との対戦(黒字は敗戦)。

備考は、優勝者または次点の成績など

異例づくめの快挙 尊富士2024

 そうした110年の惜敗の歴史を覆したのは、初土俵からでは史上最速タイの9場所で入幕してきた大卒力士。スピード出世というと鳴り物入りの大型新人が浮かぶが、付出資格が三大タイトル保持者に限られた時代ならともかく、今時前相撲から取っている大卒力士をエリートとは呼べない。そんな力士が、幕下付出を含めても史上最速の10場所目にして、幕内デビュー場所での優勝を果たした。

 役力士との対戦は2大関1関脇1小結。途中休場した一人横綱とは同部屋で元々対戦なし。大関からは1勝だけだが、ほか2大関は、ストッパー候補に選ばれなかっただけで、最後2日は好調の平幕が当てられた。審判部は早い段階で役力士と当てて、考えられる手を打ち切ったが、それを尊富士が打ち破った。いつも割の崩し方が問題になってケチがつく下位力士の平幕優勝の中では、かなりフェアな優勝争いだったと言える。

 

 また、唯一千秋楽まで争ったのも平幕で、しかも先場所デビュー5場所目にして新入幕優勝もと期待され、横綱戦にも抜擢された大の里だった。1横綱4大関が揃い、スピード出世の新鋭にも期待、といった前評判だった令和6年春場所は、入幕1場所目と2場所目の一騎打ちに終始、終わった頃には、両者を破って優勝争いを縺れさせた大関豊昇龍に殊勲賞をやりたくなるような、そんな逆転現象が起こった。天地がひっくり返るというのはこのことだ。

 新入幕優勝。晴天の霹靂、突然の快挙かと言われれば、兆候はなきにしもあらず。やはり令和に入って優勝ラインが大きく下がり、再入幕では徳勝龍、照ノ富士が幕尻優勝、熱海富士も決定戦進出と下剋上が相次いでいた。いよいよ来るべき日が来たという感もあった。

 だが、王手をかけながら14日目には元大関朝乃山に止められて負傷。これで千秋楽を休場して優勝を逃していれば、もはや呪いだったが、見事自力で勝ち取ってみせた。

 

 今後もそう簡単には見られない珍事だが、一度実現すれば意外と続くもの。幕尻優勝がそうで、史上初から25年間で4度、令和2年は2度も起きた。

 アマチュアのレベルも上がり、大卒や付出力士が即活躍するケースが増えている。大銀杏を結えない力士が躍動する現代、尊富士とて決して何十年に一人の逸材と鳴り物入りで入ってきたわけではない。これを再現することがアマで実績ある新弟子たちの目標となることだろう。


意外と強い!新入幕殊勲編

新入幕 VS 横綱 3勝11敗

 大正以来110年でわずか3度ではあるが、平幕の横綱戦通算と比べれば確率は高い。

 

新入幕 VS 大関 10勝18敗1分

 なんと、新入幕が4割近い勝率を残している。おそらく平幕対大関の勝率は2割もないはずだ。やはり、勢いに乗っている初物は怖い? 

 

 戦前は東西制もあって平幕下位が好不調に関わらず上位戦が組まれるケースも見られ、東西合併直後には初日から西ノ海に桂川が挑戦。負け越している二瀬川が13日目に横綱戦が組まれたり、東冨士も前半戦に2横綱と組まれたりしている。好調力士が当てられているわけではないので番狂せは少なく、昭和3年に幡瀬川が大ノ里を足取りで破り、昭和16年に双見山が横綱男女ノ川、大関五ツ嶋を破ったくらい。

 戦後、東西制の廃止とともに大関が平幕下位と組まれること自体がほとんどなくなった。19年1月の横綱照國対三根山以来新入幕戦は途絶え、47年3月13日目、混戦の中で1差につける大関大麒麟に北瀬海が当てられたのが、28年ぶりの新入幕の上位戦。

 1年後には鷲羽山が清國を敗る快挙。清國は1敗で全勝輪島を追っている中、11日目に思わぬ伏兵に足元を掬われた。そして翌々場所には大錦が1横綱1大関を破った。ところが新入幕の上位陣撃破の流れはできず、上位陣と当たるような活躍自体があまり見られなくなる。以降昭和では53年3月に尾形が2大関に1勝1敗、59年になぜか8勝5敗の霧島が全勝若嶋津に当てられただけ。

 平成に入り、その後大関となった霧島が貴ノ浪をうっちゃりで危うくも退けたのが7年ぶり。7年7月の土佐ノ海は例外で、新入幕ながら前頭7枚目。しかも当時は上位を二子山勢が席巻しており、系統別総当たり時代の如く7枚目は二子山上位陣の対戦圏内。初日から大関若乃花、2日目横綱貴乃花、6日目大関貴ノ浪と前半戦のうちに組まれた。こんな割で7勝8敗と大健闘した。久しぶりに好調を買われての抜擢は幕下付出から4連続優勝の新怪物・雅山。11日目の首位対決は、貴ノ浪が巨漢を極め出した。

 その翌年、22年ぶりの大関撃破は、27歳と遅咲きの栃乃花。1敗の3人を追う2敗勢同士の対戦で、突き押しの千代大海の懐に入って寄り倒し。翌日は平幕戦に敗れたが、目算が狂ったとばかり14日目は再び大関戦。貴ノ浪にとっては自身3度目の対新入幕戦だったが、初めて敗れてこの一番で大関からの再陥落が決まった。複数の上位陣を破ったのは大錦以来だった。

 10年代後半にはのちの大関である把瑠都、豪栄道が終盤まで優勝争いに絡んで上位戦が組まれたが、殊勲はならず。把瑠都は前日首位の関脇雅山に敗れて脱落していたが、千秋楽同じく首位の白鵬戦が組まれ、大錦以来の「是より三役」登場となった。

 平成20年代に上位陣と組まれたのは26年秋のモンスター逸ノ城が唯一だったが、2大関1横綱を撃破し白鵬との相星対決に持ち込み、大きく勝率を改善。

 令和では、翔猿が14日目に大関貴景勝に敗れて首位陥落。大の里も連敗して脱落したが、尊富士が琴ノ若から令和初の大関撃破をやってのけた。

 

<複数の横綱大関撃破>

①逸ノ城 横綱鶴竜、大関稀勢の里、豪栄道

②大 錦 横綱琴櫻、大関貴ノ花

 双見山 横綱男女ノ川、大関五ツ島

④栃乃花 大関千代大海、貴ノ浪

 

力士 成績 対戦 備考
昭3 幡瀬川 7-4

 
昭16 双見山 8-7

前半から上位戦

快進撃! 新入幕疾走編

新入幕初日からの連勝記録

11連勝 大鵬、尊富士

9連勝 佐田の海、魁聖

8連勝 常ノ山、鷲羽山

7連勝 貴ノ浪

(15日制)

※10連勝 千代の山(10日興行。翌場所にかけて13連勝)

※12連勝 陸奥嵐(4日目から)

 

初日から快走した新入幕力士伝。尊富士の新記録かと騒がれたが、大関豊昇龍が待ったをかけた。大鵬を止めたのは小結柏戸と聞いて、綱取りへの吉兆と大関は満足気だった。

8連勝は2人が並ぶが、常ノ山は前名が鷲羽山(ワシバヤマ)という偶然。魁聖は久々の快記録だったが、不祥事後でNHKが放送を見送った技量審査場所。母国ブラジルに勇姿を届けられなかったのは気の毒だった。

 

力士 成績 対戦 備考

昭24

常ノ山 11-4

三賞なし
昭56 佐田海 11-4

関関

千代、隆に連敗
平3 貴ノ浪 8-7

琴錦も破り首位タイも6連敗
平23 魁聖 10-5

終盤4連敗